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2007年11月28日
結婚とか
どもす、ついに2ヶ月近くほったらかし(笑)
んでまあ、そのほったらかしの間、婚姻届とか出してたりするわけす。
(式はそのうち日本に帰ってから)
まあ婚約~結婚まで、色々な人に報告して、1番多かったのが
「お前が結婚するとは思わなかった」
ってやつすね(笑)
いや、それはすごく本人もわかるんすがw
なんというか、たぶん5年前くらいの自分が聞いたら、超びっくりするやろし。
てか、20代終わり~30歳くらいんときは、ぜんぜんまだ結婚とかしたいとも思ってなかったし、
基本的には人生も楽しめてたしね。
で、留学→スポーツ界、っていう構想が持ち上がって、まあその頃から人生大変になってきて(笑)
とは言え、まあ会社やめてる時点で結婚とかそれどころではないわけで。
てか、留学するって時点で「あー、婚期遅れるか逃すかなー」みたいなのはあってw
とはいえ、もう走り出してたしね。
んで、まあAFCに決まって、仕事的にはかなり1つの達成感はあって。
でも海外生活長くなって、やっぱそれなりにストレスはあるわけよね(その分成長してるわけだけど)。
そーゆー時にやっぱり相方が欲しいなぁ~、ってのは強く思うようになり。
てか、よく誤解されるんだけど、別に仕事優先ではぜんぜんなくって、
むしろ家庭とかそっちが優先な価値観は元々あって。ただ、昔は「まあそのうち」とか思ってて。
いずれにせよ、マレーシアきてから、結婚願望みたいなものは出てきて。
とはいっても、まあ自分で言うのもなんだけど、自分のキャラも特殊だしそうそうマッチする人も少ないだろ、っていうw
で、しかも海外滞在やからね。そんな人と出会うこともないかな。。。って感じで。
って中で、まあかなり偶然が重なって、今の相方と出会うわけっすが。
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んで、つくづく思うのが、
まず留学前に今の相方と出会ってても、たぶんうまくいってなかったんじゃないかな、ってこと。
留学→AFC、ってのを通じて、言い換えると「異文化との衝突&言葉の不自由な状態」を繰り返して
どんだけ心の柔軟性を得たか、っていう。
今と留学前を比べると、考え方の本質、みたいなものはそんなに変わらないんだけど、
昔より柔軟性がでてきたかな、っていう。
海外生活で、言葉が不自由な中で暮らす中で、どんだけコミュニケーションってものに
向き合ったか。
でもそのお陰で、本当の意味で、他者とどう付き合っていくべきか、っていうのの「とっかかり」が
わかってきた気がしたんよね。まだ「とっかかり」だけど。
昔はよくもわるくも「意固地」になってたと思う。まあ言ってみれば、昔は直球しか投げられなかったのに
緩急も覚えたピッチャー、みたいな。
で、本題に戻すと、そんな感じで柔軟になれた後に相方と出会えて、ラッキーだったな、っていう。
結婚生活、ってことに関しても、たぶんあの頃の自分じゃ、ちとムリだろ、っていう感もあるし。
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人生塞翁が馬、ってのが、今度日本代表の監督になるらしい岡田さんの好きな言葉らしいんよね。
(人生なにが幸いするかわからない、っていう意味。詳しくはググッてください。息子が馬から落ちて、
なんて不幸だと思っていたら、怪我していたお陰で徴兵を免れて・・・とかっていうのが続くお話)
おれもその言葉、かなり好きなんだけど、ホントそんな感じ。
留学決めたときは、「婚期遅れるか逃すかなー」とか思ってたけど、逆に海外生活で得た柔軟性が
うまくいった要因の1つだったわけやし。何が幸いするかわからん。
んで、もう1つが、昔のエントリーでも書いたけど、
「頑張っていれば必ず上手くいく、わけではないけど、その可能性は最大限になる」。
海外いながらにして、今の相方と出会って結婚するまでの過程は、結構会社辞めてからAFCに至るまで
の過程と似てて、まあ結構な偶然が重なってるんよね。
いや、ぶっちゃけ結構怖いもん、ここ数年の自分のラッキーさに(笑)
でも、もちろん自分なりに頑張っていた、ってのはあって。
頑張ってなかったら、ここ数年のラッキーさは、起こってなかったか、起こっていても自分に
何かをもたらすラッキーにはなってなかったワケで。
全ては偶然だったのかもしれない。でも頑張っていたから起きた偶然なのかもしれない。
それは仕事だけではなくて結婚も。
ってことで、頑張ってる人を少しでも励ませる人間であり、そんなブログでありたいと
思う、結婚後の今日この頃。