2007年6月15日
夢を説明する必要はあるか?
火曜からまたまたベトナム出張、んで、先ほど帰ってきた感じで、その話でもアップしようかと思ってたん
だけど、他にも書きたいことがあるんで、ベトナムネタはまた今度(笑)
で、タイトルのネタなんやけど、ちょっと前に↓なメールのもらって、まあ夢に向けて頑張ってる人なんすが。
「自分の夢を見つけた後、たーーーーっくさんの人に『なんで○○になりたいの?』って
質問をされた」
「自分としては、うまく答えることができなかった」
「自分が○○になりたいことは迷いがないが、たくさんの人に聞かれると、やっぱり
『説明できるようになったほうがいいのかな?』と思ってしまったり。」
ってことで、おいらの意見を求められたんすが、おいらの意見は
「説明できるならなにかと便利だが、別に説明できなくてもぜんぜんおっけー」
以下、おいらが書いたメール(一部編集)
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質問攻撃についてだけど、それは基本的には質問してる人も
ほぼ無意識で質問してるかor自分への問いかけ、な時が
あると思うんよね。
前者は、もう条件反射で質問してるから、さておきw、
後者は、自分も少しはそーゆー道もありかな、って
思うけど、現実に負けてその気持ちを押さえ込んでたりする。
それがちょっとねじれた形で表現されてるんだと思う。
まあ前者の方が圧倒的に多いと思うけどw
世の中、多くの人は「ちらっと」は「これからどうしよう」
みたいなコトを考えてると思うけど、
忙しさと具体案が浮かばないのと現実問題(お金とか)に
直面して、考えないようになる、って感じやろから。
それの初期段階が上述の「後者」。
それをずっと繰り返してると、ほぼ考えなくなって
思考を通らない条件反射になる、ってのが上述の「前者」。
しゃーないと思う反面、もうちょいチャレンジする人への
「最低限のリスペクト」がリアクションにあってもいいかな、
って思うよ。「あ~」はないだろ、みたいなw
んでもって、説明能力やけど、結論から言うと、
そんなに重要じゃない、と思ってる。
昔はおいらも必要だと思ってたけど、まあもともと理屈っぽい
んで、ぐだぐだストーリー作って、答えてたなぁ~w
でもなーんか違うなぁ~、って。
つまるところ「おもしろそうだから」が理由なんだよね、
説明は後付けw
だったら、それでいいじゃん、みたいな。
まあただ、面接とかそういうときに、後付け説明が役立つのも
また事実。例えばもしおいらが日本に戻るとき、
面接受けるとしたら、
それっぽい答えを「一応」用意はしておくと思う。
でももう、それ以外の状況(プライベート)では、別に
重要じゃないな、って。
基本的には
「各自が好きなコトをやる」→「オンリーワン」
なワケやし。
まあ必要ならば、ゆっくり「それっぽい説明
後付けストーリー」をつくっておくのもいいと思うけど、
それは全くもって「本質的」ではない、とおれは思ってる。
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補足すると、「説明ストーリー」を意識しすぎると、
どうしても「耳障りのいい」他人を意識した方向にいきがち。
それが全て悪いワケでもないんで、要はバランスなんやけど、
よく起こるのはだんだん他人からの「質問という名の暗黙批判」
により、「自分がホンットにやりたいこと」が見えなくなってくる。
そのデメリットがいやなんだよね。
夢を現実にするには、色々なコトを考慮しなきゃいけないと思うけど、
「自分の心に素直になる」ってのはかなり重要で、
それを周りの雑音から防御する為に「説明を考える」のはありやと思うけど、
(まあ平たく言えば、社交用の説明みたいなもんやね)
その雑音を意識しすぎて「説明できる夢を考える」ようになってしまうのが、
良くあるオチで、それは本末転倒だよね、と。
ベンチャー企業の社長が語るような、「綺麗なストーリー(社会を変えるとか若者の為にとか。。。)」
で夢を現実にするならば、それはそれでいいコトだとは思うけど、
別にそうではなくただ単に
「楽しそうだから、その夢を追うことにしました」
自分への理由としては、それで十分な気がする。
「楽しい」というのは、ものすごく持続力のあるパワーを与えるものだから